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季節のご挨拶申しあげます

 

 

ここにきて炎暑、台風、大洪水、山崩れ、日本全土で自然の猛威。

人類はこの力の前では無力です。災害に遭遇された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

縄文の昔から便利な谷川沿いに住まい、田んぼや畑の近くに生活の拠点を置いて長い間、暮らを紡いで来られた大半の皆様は「想定外」など・・・と軽軽に言う人には理解できない歴史的な重いものを感じざるを得ないことでしょう。

過去インドに旅したときに聞いた

世界的大河ガンジス川流域に住む農家の方の話。

いつも大洪水が発生する。そのたびに家が流されて家族が亡くなる。仕方ない。それでもまた家を建てそこに住む・・・代々そうしてきた。それでいいではないか。

それはそうかもしれませんが、自然の力に対する人間の無力さには、やはり深い悲しみを感じますね。人々が生きてゆくうえでどうしようもなく自然なことかもかもわかりません。

 

ふと脳裏をかすめたこと・・だから歌人たちが歌うのかな・・

「白鳥は悲しからずや 海の青 空の青にも染まず漂う」

「ふるさとの お鈴の山の悲しさよ 秋も霞のたなびきており」

「幾山川 越え去りゆかば 寂しさの果てなむ 国ぞ今日も旅ゆく」 

などなど悲しさ寂しさいろいろ。

人は皆 生きて過ごすあちこちでどうしようもない寂しさや悲しさを思うことがある。このような原点は人間の無力を悲しむ姿なのかなあ・・・と。

 

また一つインドでのお話

死亡すると遺体を焼いてガンジス川に流す・・

流した後はさっさと家に帰る。何もない。借り物の体を返しただけ。

人々のさらりとした死生感には感服しました。

同時にたくましく人々の生きる力強さもしたたかさも

このだらしない呑兵衛にはガツンと来たのでした。

くたくたに疲れた体に、地元で採れた砂糖とミルクのきいた濃いダージリン紅茶が心地良かったのを思い出しています。

お盆前の暑い暑い毎日ですが(ひぐらしの鳴きはじめた)ふるさとのことでも思いながら紅茶はいかが。

 

皆様のご健勝をお祈りいたします。

 

平成29年7月23日

移ろう季節に・・・ご挨拶申し上げます。

 

 

陽気に誘われるように土の中の虫たちがごそごそと這い出してくる

たちまち芽吹きの季節へ。

 

田舎の田んぼでは田起こしから田植え

柿の葉が柔らかくほころぶ頃には南からツバメたちが来る。

オタマジャクシ時代を抜けたカエルたちが合唱団結成。

夕焼け小焼けが風景を染めて日が暮れる、あちこちの家から煙が立ち昇る。

川原のせせらぎは終日変わらない。やがて夜空は満天の星。

静かに静かに夜が更けて、すだく虫の音。

 

 

子供の頃にはこんな豊かな大自然の営みの中で暮らす日々がありました。

大自然に人が寄り添いながら暮らしを紡ぐ縄文の大昔とあまり変わらない素朴な生活。

 

そんなことがあったからでしょうか。都会で暮らしていると、日常の視線が陽光や風や樹木や草花や鳥獣とはかけ離れているので時間の経過や季節感に乏しくて、ふと気が付けば「心が乾く」というのか・・・無性に「里山あたりに行きたいなあ」という思いに駆られる時があります。

里山に行けば「憩」があって人間の煩悩を慰めてくれるような気がするのですが

もしかしたら鮭が大洋を泳いで生まれ故郷に帰るような「帰巣本能」のなせる業かなと思ったりします。

 

 

さてさてこの季節には風や樹木に誘われて人の心も動きますね。

この季節に建築空間をデザインしていますと

空間にさわやかな風を通り抜けさせてやろう。

リビングからは木々の葉のそよぎが見えるように

花のそばに小鳥たちが訪れるように・・などと自然との接触を意識します。

 

 

厳寒の真冬や炎天の真夏とは意識も視点も(残念ながら)

基本的に変わるようです。

もちろん建築の人間性に対する機能は春夏秋冬を通じて

客観的で万全でなければなりませんがここは

「人間の悲しさ」本能が刺激されるゥ・・・のですから仕方がない。

こんなことを今日も考えながらキャンバスに向かっています。

デザインするって本当に楽しいことなんですよね。

 

お客様の心に育つ「憧れの空間」それぞれに違いますが

お聞きすればするほど、おひとり御一人に

憧れの空間があるのです。こだわりと言い換えましようか。

こんなふうな空間、しつらえ、外観、手触り、こんな色、この形、

心をえぐるような思いに気が付かされて、驚くこともあります。

お客様の心の中に物語がひそむのです。

私たちはそれを大切な宝物のように

共同作業で具現化してゆくのです。

 

「・・・そうそうこれだよ!これが実現したかった。」

こんな言葉が聞けたらもうバンザーイ!です。

 

この季節も全社員がご来場をお待ち申しております。

 

平成29年4月12日

新春のご挨拶申し上げます

 

さあ・・新春です。新天地を今年も駆けぬきましょう。

いつもと変わらない日の出、なんですが新年の暖かい朝日が、

さーっと差し込んでくると何となくお祝いされているような心地。まるで光の花束を神様??から、もらったような感覚にさえなることがあるのです。・・・これはおめでた人間の私だけなのでしょう。

ありがたいことです。

 

21歳の若かりし頃です。一年半の間、悲喜劇こもごもの闘病生活の末、いよいよ左肺の切除手術。 その前日は夕方まで、何の予定も行事もないのにあれこれ考えて何となく忙しく過ごした。振り返ってみると心が落ち着かなかったのか文字通り多忙の忙の字です。何にもやることがないのに何か忘れたことはないか?などと、

あれこれ探し回るような哀れな自分。振り返ってみると、「こまねずみ」のように過ごしているいつもの年末の姿と重なるようでした。

(最近の年末はできるだけ用事を作らない、人に会わない、ようにしていますのでバタバタはしなくなりましたが)

さて一夜明ければ、あれよあれよ という間に手術台です。

8時間に及ぶ手術でした。ようやく麻酔が覚めて目を覚ましたのは次の日の朝。集中治療室の中、看護婦さんの白衣ごしにふわーっと目に入ってきたのは窓外の景色も染めてしまうような黄金色の光です。燦然とした光に包まれている幸せな自分 この 不思議な「光」に包まれたと言うか抱かれたと言うのか。まさに「乳飲み子」。何の力もなく、何の価値もない、ぼろぼろの粗末な心の自分。そんな者でも何かの力みたいなものに生かされているのだという実感でしょうか。不思議な光の体験でした。

 

そうそう「生かされて」のついでに、つれづれ書きますと。

少し前に故人となられた福井の青雲寺住職、米田宏明老師が生前にご自分のことを「仏の庭に投げいれて」と静かに言われました。お聞きした瞬間にしびれるものを感じました。物を投げ入れるようにご自分を仏の庭に投げいれて。と表現されたのでしょう。一つの道に自分を投げ入れて、一点の迷いもなく生かされて生きる美しく強い求道人生を垣間見た思いがいたしました。今も尊敬してやまない方。

老師とともに見たチベットでの五体投地, 自身の体を地上に投げ捨て腹這いのまま合掌しては、また立ち上がり、投げ捨てては合掌、繰り返し、繰り返し聖地へと進み続けるひたすらな姿も、重なるものでした。

 

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新年の陽光から不思議な光の話へ、さらに「生かされて」と

いつもの「デザインや頑強な構造」などとは異な方向へ話がそれてしまいましたが

2017年の新春です。

今期は全社全員が活躍する年に、全員がお客様の方を向く。それぞれが一日一日創造的に仕事を創る。

○お客様に「それいいね、すごいね」と言って好かれ選ばれるような

 新しい事業や、サービス、デザインの良い本物新商品をいくつも創り出してお役立ち発表します。

○全社員が楽しく働きやすいように、一人一人が光り輝くように変革しましょう。などが一年の方向性です。

今年も明るく行きます。よろしくお願い申し上げます。

 

平成29年1月1日